2013年3月21日木曜日

安倍首相が草原の国モンゴルに行く理由

木村 正人 | 在英ジャーナリスト 

安倍晋三首相が今月末にモンゴルを訪問すると報じられた。中国をにらんで、レアメタル(希少金属)などの鉱物資源開発での協力、戦略的パートナー シップを構築する狙いがある。モンゴルは北朝鮮とのつながりも深い。ロンドン滞在中のモンゴル研究者、名古屋大学法政国際教育協力研究センターの中村真咲研究協力員(42)にインタビューした。
草原の国モンゴルの夏(中村真咲氏提供)
草原の国モンゴルの夏(中村真咲)
――首相のモンゴル訪問は2006年の小泉純一郎元首相以来です。狙いは何でしょうか
 「安 倍首相は就任直後に東南アジアを訪問しました。4月末にはロシアにも行く予定と報道されています。こうした一連の流れの中に、今回のモンゴル訪問も位置づ けられていると思います。一つは、中国との関係が緊張する中で、日本の立場を説明できる味方を増やしたい。もう一つは、野田・民主党政権時代も含めて、 1990年以降の歴代の日本の政権はモンゴルを重視して様々な交流を行なってきました」
 「まず、総合的な外交政策として『戦略的パートナーシップの構築』を目指しています。次に経済的な政策としてEPA(経済連携協定)の提携 を目指して交渉しています。そして尖閣をめぐる日中対立が一つのきっかけとなり、日本政府はレアアースなど鉱物資源開発での協力もモンゴルとの間で目指し ています。また、日本とモンゴルは2012年1月に防衛交流覚書を交わすなど安全保障面での関係も強化しています」
 「このように、モンゴルは政治・経済・外交・安全保障、すべての面で日本との関係を強化しようとしており、安倍首相としては、それをさらに 進めたいのでしょう。モンゴルという国は、日本の政治家にとって、外交的な成果を得られやすい国と言えます。安倍首相も、東南アジア訪問からロシア訪問に至る一連の外交の中にモンゴル訪問による外交的成果を位置付けて、安倍外交を描くということを想定しているのだと思います」

――日本とモンゴルの安全保障面での協力について、もう少し詳しく説明していただけますか
 「2000年頃から から日本の防衛省はモンゴルとの関係を強化してきました。防衛大学への留学生受け入れ、モンゴル軍の能力構築支援、特に医療技術などの支援を行っています。その流れの中で防衛交流覚書を交わしました。なお、モンゴルは国連PKO(平和維持活動)にも積極的に派兵しており、PKOの国際演習場を国内に設置 しています。国連を中心とした国際的な平和維持活動に積極的に貢献することがモンゴルの安全保障につながると考えているのです」

――日本の自衛隊もモンゴルに行っているのでしょうか
 「PKOの訓練の一環として日本の自衛隊員もモンゴルに行っていると聞いています」

――モンゴルは中国と旧ソ連の間にあり、地政学上、極めて難しい位置にあると思いますが
 「歴史的な経緯を振り返りますと、モンゴルは1911年に辛亥革命(清朝滅亡)が起きた時に独立を宣言します。そして、中国との独立戦争を戦い、事実上の独立を勝ち取りまし た。しかし、ロシア革命でソ連が誕生し、日本が1932年に満州国をつくるなど、北アジア情勢が激動する中で、モンゴルの立場は非常に微妙になっていきま す」
 「ソ連としてはモンゴルが敵対的な国になっては困るので、モンゴルの内政にどんどん関与していきます。第二次世界大戦後、モンゴルは独立国 家であるにも関わらず、『ソ連の16番目の共和国』とか『ソ連の衛星国』と呼ばれていました。1960年代以降、同じ社会主義国で友好国だったはずの中国とソ連の関係が非常に悪化する中で、モンゴルはソ連寄りの立場を取ったからです」
「そのようなソ連の政策にモンゴルが従ったのは、清朝の版図の一部だったモンゴルは本来は自分たちの領土だという意識を中国が潜在的に持っていて、時々、中国がそれをちらつかせることがあったので、モンゴルはソ連の後ろ盾を必要としたのです。ところが、ソ連でペレストロイカ(改革)が始まって、もうモンゴルの面倒は見ることができないということになり、モンゴルも自立が必要になりました。モンゴルに駐留していたソ連軍が撤退してソ連の後ろ盾がなくなると、モンゴルにとって中国の存在感が大きくなり過ぎるという不安が出てきました」
 「そこで1990年代以降、日本や米国など西側との関係を非常に重視するようになります。昨年11月、モンゴルはロシアも参加する世界最大の地域安全保障機構であるOSCE(欧州安全保障協力機構)に正式加盟します。旧ソ連諸国を除いてアジア諸国からOSCEに入ったのはモンゴルが初めてで す。モンゴルは最近、北大西洋条約機構(NATO)との対話や交流強化にも力を入れています。モンゴルの関係者は、北東アジア地域全体を覆うような安全保 障の組織が何もないので、OSCEやNATOとの関係を強化することにより、地域安全保障の経験を積むのだと話しています」

――モンゴルがPKO国際演習場を設置した理由は何でしょうか
 「本音のところでは対中警戒はあると思いますが、彼らは決してそれを表には出しません。非常に中国との関係には気を遣っています。モンゴルのPKO国際演習場は、国連PKOに参加する諸国が合同訓練を行う場所として位置づけられており、毎年夏に国際合同演習を実施しています。モンゴルでは夏に米国の軍人をよく見かけます。米国の部隊は駐留していませんが、連絡員が長期的に滞在していると聞いています」

――モンゴルと言えばチンギス・ハーンが有名です。モンゴルの歴史について少しお話いただけますか
 「13世紀にチンギス・ハーンがモンゴル帝国を建国します。チンギス・ハーンの孫のフビライ・ハーンの時代に元軍が日本を二度襲来しましたが、これが元寇ですね。そ の後、漢民族の明朝がモンゴル帝国のの南側を支配しました。モンゴル高原は北元と名乗り、事実上の独立状態が続いていました。その後、満州族の清朝が勃興 してきた時に、モンゴル族は満州族の皇帝を自らの皇帝とする同君連合を形成し、事実上、満州族の支配下に入っていきます。そして、満州族、モンゴル族の連合軍が中国を北から次々と支配下に入れていったのが清朝というわけです」

――モンゴルとロシアとの関係は
 「現在、ロシアとの関係は悪くありません。今、鉱物資源開発についても協議していますし、モンゴルの鉄道会社にはロシアの技術者が入っています。また、石油はほぼ100%ロシアから輸入しています」
中村真咲氏
中村真咲氏
――モンゴルと中国との関係は
 「経済的にはものすごく中国に依存しています。ほとんどの消費物資は中国から入っています。また、鉱物資源や羊毛などモンゴルの製品の輸出先は8~9割が中国 と言われています。モンゴルとしては対中依存度が高くなり過ぎると非常に危いので、中国に対する経済的な依存を減らしたいと考えています。日本や米国を 『第三の隣国』と位置づけて、できるだけバランスを取ろうとしています」

――モンゴルの鉱物資源はどんなものがありますか
 「国際的に注目されている鉱物資源は銅と石炭です。今、南部 のタバン・トルゴイ炭田の入札が行われています。モンゴルはそこに日本に参入してほしいと言っています。原料炭(製鉄用コークス、都市ガスや化学原料用ガ スなどを製造する目的で使用される石炭のこと)は世界中で値段が高騰していますが、モンゴルの原料炭は非常に質が良い。世界的に質の良い原料炭が求められ ているので、モンゴルの原料炭は注目されているのです」
 「その他にホタル石、コークスがあります。また、金の埋蔵量も非常に多いと言われています。オヨー・トルゴイ鉱区の銅の埋蔵量は3600万 トン、金は1300トンとされており、世界有数の埋蔵量だと言われています。カナダ、オーストラリア、英国の鉱物資源開発会社がモンゴルに進出していますが、モンゴルは国際入札のバランスをとるため、そこに日本にも参加してもらいたいと考えているのです」

――小泉純一郎首相がモンゴル訪問をした際、日本と中国の関係は冷え切っていました
 「モンゴル建国800年祭が行われた2006年に小泉首相はモンゴルを訪問しました。この時、日本と中国の関係が非常に悪くて訪中できませんでした。中国はモンゴルを刺激したくないので、あからさまにモンゴルを批判はしませんでしたが、中国の新聞は、『小泉首相は中国を無視してモンゴルに行ったが、中国との関係が悪いから他の国との関係を強化して包囲網を築こうとしても、アジアの国々からは尊敬されない』と批判的に書きました」
 「ただ、中国はモンゴルを批判するようなことは一切言いませんでした。それを言えばモンゴルが反発するは明らかだからです。2002年、ダ ライ・ラマがモンゴルを訪問した時、中国は北京とウランバートルを結ぶ鉄道を『故障』という理由で3日間止めました。そのために、中国からモンゴルに食料 が入ってこなくなりました。中国は生命線を断つという露骨な脅しをやったのですが、これにモンゴルの人たちは反発しました。それ以来、中国はいたずらにモ ンゴルのナショナリズムを刺激するのを避けるため、露骨なことはやらなくなりました」

――チベット仏教とモンゴルのつながりは
 「モンゴルでのチベット仏教信仰に中国は一切、口出しをしません。ダ ライ・ラマ14世がモンゴルに行くことを中国は非常に嫌がっていましたが、それを批判するとモンゴルが反発するということに気がついて、中国は露骨な干渉をしなくなりました。モンゴルの新聞は最近、ダライ・ラマ14世が亡くなったあとのダライ・ラマ15世はモンゴルに転生するのではないかと報じています。 転生者の候補に選ばれたモンゴルの少年がインドのダラムサラに修行に行っているとも報じられています。また、ダライ・ラマ14世のチベット亡命政府も、過 去にはダライ・ラマの存命中に次のダライ・ラマを指名した事例があるとか、次の転生者はチベット以外のチベット仏教の信仰地域から出るかもしれないと言っているとも報道されています」

――もしモンゴルの少年が転生者だった場合、ダライ・ラマ15世はずっとモンゴルにいることになるのでしょうか
 「その可能性はあると思います。これまでのチベット側の主張とは異なるかもしれませんが、中国にとってもチベット仏教をモンゴルの仏教と位置付けることによってチベット問題を収束させられる可能性があるので、一つの受け入れ可能な選択肢にはなるだろうと思います。しかし、この問題については表に出ない話が多いので、結局、よくわかりません。ダライ・ラマ14世の年齢を考えると、この10年間ぐらいが非常に重要になります。そう遠くない将来に大きく動くことにな ると思います」

――モンゴルは社会主義時代から北朝鮮と深いつながりを持っているとも言われています
「モンゴルは社会主義を放棄した後に韓国と国交を樹立しましたが、北朝鮮との関係も維持してきました。北朝鮮にとっても、モンゴル国内では中国政府の制約を受けることがないので、モンゴルを一つの拠点として重視しているようです。昨年11月にはウランバートルで日朝政府間協議が行われましたが、その際にはモンゴル政府が迎賓館 を会場として提供するなど手厚く支援しました。モンゴルにとっても、北朝鮮問題で日本に協力することは、モンゴルが北東アジアの平和と安定に貢献していることを国際社会にアピールできるという意味があります。第二次大戦や冷戦期にスイスやスウェーデンといったヨーロッパの中立国が国際政治の裏交渉の舞台として重要な役割を果たしましたが、今のモンゴルはその状況に似ていなくもないのかなと思います」

――モンゴルは親日国ですね。その理由は
「モンゴルは非常に困難だった1990年代のポスト社会主義期に日本 が支援してくれたことをちゃんと覚えています。また、同じアジアの中で非常に経済発展した国として日本を尊敬しています。ロシア、中国といった近隣国との関係を考えた時に、日本、米国など国境を接していない大国であり、民主主義、法の支配、人権といった価値観を共有している国との関係を強化したいと考えています。それが政府レベルだけでなく国民レベルにも浸透しています。阪神大震災や東日本大震災では、モンゴル政府のみならず個人レベルでも様々な被災地支援をしてくれました」

――モンゴルで核廃棄物最終処理場の計画が持ち上がりました
「私の聞いている話では、米国が積極的に進めよう としていたようです。日本の政府の一部でも案の一つとして話が出たのは事実のようですが、それは無理だろうとすぐに消えたそうです。しかし、日本の民間企 業はモンゴルのウラン開発に興味を持っています。核廃棄物最終処理場の建設は近隣国のロシアや中国が反対すれば無理ですが、モンゴルがウランを輸出するかどうかは別問題ですから、ウランの供給元として日本の民間企業はモンゴルに興味を持っているようです」

――司馬遼太郎、開高健、椎名誠もモンゴルを愛してきました
 「日本人から見ると、モンゴルは憧れの国だと思い ます。観光客の中でもリピーターになる人が非常に多いのです。自然が雄大で、人が素朴で人情に厚く、日本人が親しみを持てるのだと思います。しかし、顔は非常に似ていますが、モンゴルの人は個人主義なので、それが日本人とは大きく異なるということをモンゴルに関わる日本人は知っておくべきでしょう。アジア と言えばどうしても農村共同体が強くて、家族主義、集団主義のようなイメージがありますが、モンゴルの人たちは遊牧民のメンタリティーを今でも持っていて、集団で行動することがなく、ものすごく個人主義なのです。スポーツを見ていても、サッカーのような集団競技よりも、柔道やライフルのような個人戦が非 常に強い国ですね」

――元横綱、朝青龍関はどうしていますか
 「彼はモンゴルにいます。朝青龍関は完全に実業家ですね。Asaグループという企業グループをつくって観光からビル建設までいろいろやっています。財閥のようなものを目指しているという噂を聞きます」

――中村さんがモンゴルに興味を持った理由は
 「私は冷戦が終結した1989年に大学に入りました。その頃、モ ンゴルで民主化運動が始まりましたが、モンゴルのような遊牧民の国がどうして民主化運動をしているのか、そもそも、どうしてモンゴルが社会主義を選んだのか、不思議に思ったからです。中国では天安門事件で流血の惨事になりましたが、モンゴルでは無血で民主化が行われました。それに興味を持ったのです」

――モンゴルに対中包囲網に参加する意思はありますか
 「注意しなければいけないのは、日本は『対中包囲網』という言葉をよく使いますが、モンゴルは使っていません。モンゴルは中国とも『戦略的パートナーシップの構築』を協議しています。モンゴルは全方位外交を展 開しているのです。ベトナムやフィリピンと違って、モンゴルは中国との間で領土紛争を抱えていませんから、モンゴルはあえて中国と敵対する必要はありません。ただ、あまりにも中国の存在が大きすぎて、それを少し中和したい、相対化したいという考えはあると思います」

(おわり)

http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20130319-00023954/

0 件のコメント:

コメントを投稿